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名古屋高等裁判所 平成3年(ラ)110号 決定

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件免責を許可しない。

三  免責申立に対する異議申立後の本件手続費用は原、当審を通じて相手方の負担とする。

理由

第一  抗告の趣旨は、主文第一、二項と同旨であり、抗告の理由は、抗告人作成の別紙「最終準備書面」と題する書面に記載されているとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  相手方の経歴及び本件免責申立に至る経過等について

一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  相手方は、昭和一〇年三月一九日に父乙山松夫、母竹子の長男として出生し、昭和二五年三月に名古屋市立今池中学校を卒業した後、父松夫が表記本籍地で営んでいたメッキ加工の仕事を手伝つていたが、昭和三三年頃からはタクシーの運転手として働くようになつた。

2  昭和三三年六月一一日、相手方は、丙川夏子と婚姻し、以後両親と別居して名古屋市内に居住し、その間二人の子を儲けたものの、夏子と不仲となり、昭和四八年一〇月頃別居し、昭和五〇年二月一四日に協議離婚した。ところで、夏子は、相手方と別居後丁原秋夫と内縁関係をもつようになり、昭和五〇年六月二四日同人との間の子供を出産し(したがつて、夏子は相手方との協議離婚前に右丁原の子供を懐妊していたことになる。)、同年九月三日右丁原と婚姻したが、昭和五二年二月一八日に協議離婚し、昭和五七年一〇月二七日に死亡した。

3  夏子と別居した後、相手方は両親の居住していた名古屋市千種区《番地略》(相手方の表記住民票の住所)に転居し、住民票の住所も右転居先に移して父松夫の世帯に入つたが、その後父松夫が昭和六三年一一月八日に死亡したので、住民票の世帯主は父松夫から相手方の弟乙山梅夫に変わつた。

4  相手方は昭和五二年頃以降、高利金融業者らから借金を重ねていたところ、負債額が累積して相当多額になつたのに加えて、一部の債権者からはその支払を強く催促されていたため、平成二年二月一三日に相手方代理人に委任して自己破産の申立をすることとし、同月一四日弟乙山梅夫の住民票から世帯分離をして、住民票上相手方ひとりだけの世帯とする手続をした上、同月二〇日相手方代理人の名において抗告人以外の債権者九名に対し、「相手方は、総額約二七〇万円に達する借財をかかえるに至つたが、その資産状態等からすれば、右借財は相手方の返済能力をはるかに超えるから、破産申立をする」旨の通知をした。

5  次いで、相手方は、同年三月二九日、相手方代理人の名によつて名古屋地方裁判所に対し、抗告人以外の債権者九名の住所、氏名及びその債権額を記載した債権者目録並びにタンス等動産類(時価合計四〇〇〇円)が自己の所有に属する全財産である旨を記載した資産目録を添付して、自己破産の申立をし、これに対して、同裁判所は同年六月一一日相手方を破産者とする旨及び同時に破産廃止をする旨の決定をした。

6  次いで、右のように破産宣告を受けた相手方が同月一八日同裁判所に対して本件免責の申立をしたため、同裁判所は、同免責申立事件について相手方の審尋期日を指定するなどの措置を講じた。他方、その頃、抗告人は、相手方に対する自己の貸金債権の返済を催告したが、その機会に相手方がすでに右のように破産宣告を受け、かつその破産廃止がなされていることを知つたので、同年一〇月二九日に同裁判所に対し、「自己が相手方に貸金債権を有していること及び相手方は亡松夫所有の建物を共同相続したものであつて、動産類以外にも資産を保有している」旨を記載した上申書を提出するとともに、同趣旨のことを相手方代理人にも報せた。そこで、同年一一月九日相手方は、抗告人の住所、氏名及び債権額を記載した債権者目録並びに相手方が亡松夫の遺産である建物〔名古屋市千種区《番地略》(表記相手方の住民票の住所地に同じ)所在の木造瓦葺二階建居宅、以下「本件建物」という。〕について共有持分一〇分の一の共有権を有する旨を記載した物件目録を同裁判所に追加提出した。

二  相手方の免責不許可事由の有無について

1  相手方が破産裁判所に虚偽の債権者名簿を提出したか否かについて(破産法三六六条の九第三号前段)

一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一) 相手方は、金融業者である抗告人からまず昭和五二年頃に借金したのを手始めとして、その後も度々借金をしていたが、金員の借受け以外の用件でも抗告人の店舗を知人らとともにしばしば訪問していたものであつて、そのような機会に、「自分が競輪場等に度々出入りして賭事をすることや、キャバレー等の飲食店にも遊びに行くこと」を抗告人に話したことがあるほか、抗告人と飲食店でいつしよに酒を飲んだこともあつた。ちなみに、相手方と取引関係をもつた金融業者のうちで、相手方に最も多数回にわたつて融資をし、しかも相手方との取引期間が最も長かつたのは抗告人であり、かつ最後に相手方が融資を受けたのも抗告人からであつた。

(二) 抗告人が相手方に対して最後に融資した時期は昭和五八年一一月九日で、その金額は一〇万円であつたが(以下「本件債権」という。)、抗告人は、相手方から翌昭和五九年一月に本件債権元本の一部の返済を受けるにとどまつたため、以後再三にわたり相手方の表記住民票の住所宛に手紙等で本件債権の残元利金等の支払催促をしたが、これに対して、相手方は全くその返済をしなかつた。

(三) 抗告人は、昭和六一年二月頃名古屋市東区所在の名古屋大学医学部付属病院大幸分院において、たまたま診療を受けにきていた相手方と会つたので、その際、相手方に対して本件債権の返済を催告したが、相手方はその返済をしなかつた。

(四) そこで、抗告人は相手方に対し、昭和六二年八月一〇日名古屋簡易裁判所に本件債権の返済を求める訴訟を提起し、同年一〇月一日全部勝訴の判決(欠席判決)を受けた(ちなみに、相手方が平成二年一一月九日破産裁判所に追加提出した前記一認定に係る債権者目録に記載されている債権額は、同日時点における本件債権の元利合計額である。)のであるが、右訴訟手続に関して同年八月一二日に行われた訴状副本の送達及び同年一〇月六日に行われた判決正本の送達につき、いずれも郵便局の配達担当者が作成した各「郵便送達報告書」には、右の各訴訟書類が表記住民票の相手方住所において、受送達者である相手方本人に対して渡された旨記載されている。なお、付言すると、右の各訴訟書類の配達担当者である力武和博作成の供述書によれば、自分は、特別送達郵便物の送達に当たつては必ず現実の受領者が本人かどうかを確認した上、当該郵便物を渡しているのであつて、右各書類の送達の場合も同様に本人であることを確認して渡した。自分は亡松夫とは面識もあり、同人には渡していない、というのである。

以上認定の事実関係、とくに、抗告人と相手方との間には長期間にわたる金銭の貸借関係があるのに加えて、相手方に対して最後に融資をした金融業者が抗告人であること、相手方は抗告人から本件債権の返済を度々催促され、最後には本件債権に関して支払請求訴訟を提起されていること(仮に、相手方の陳述するように、相手方が右訴訟の訴状副本及び判決正本を郵便物の送達担当者から直接交付されなかつたとしても、本件自己破産申立の時期以前に、特別送達郵便物である右の各書類を、相手方がその直接の受交付者から受領していなかつたなどとすることは常識に反する。)からすれば、相手方が本件自己破産の申立に際し、相手方が抗告人に対して負担する本件債務の存在を失念し、そのために破産裁判所に提出すべき債権者目録に本件債権の存在を記載しなかつたというようなことは到底理解し難いことであるといわなければならない。右認定のように、相手方の賭事、遊興等の過去における生活状況を抗告人が知つていることとか、本件手続の全過程を通じて看取されるような抗告人の厳格な性格態度等に鑑みると、相手方は、破産宣告後の免責申立事件において、抗告人が免責不許可の事由となるべき資料を調査、収集した上、これらを裁判所に提出することあるべきを危惧し、ひいては免責不許可の結果となることを恐れるの余り、殊更抗告人の本件債権を債権者目録に記載しなかつたものと推認せざるを得ないのである。

したがつて、本件に関しては、破産法三六六条の九第三号前段に該当する事由があるものというべきである。

2  財産状態につき虚偽の陳述をしたか否かについて(破産法三六六条の九第三号後段)

相手方は本件自己破産の申立に当たり、当初その所有資産としてタンス等動産類(時価四〇〇〇円)だけを資産目録に記載して提出したが、その後平成二年一一月九日に本件建物について持分一〇分の一の共有権を有する旨追加訂正したことは、前記一に認定のとおりである。

ところで、相手方は、本件手続における陳述において、「本件建物が父松夫の所有であつたことは知らなかつた。弟梅夫の所有であると思つていた。」と述べてみたり、「昭和三四年頃父が建てた。」と述べてみたりするなど矛盾する内容の陳述をしている。しかして、一件記録によれば、本件建物は、亡松夫が従前その家族と居住していた建物が手狭になつたために、建築したもので、昭和三四年九月二一日付で亡松夫名義に所有権保存登記がされ、建築以来その家族の住居として使用され、本件建物には相手方も居住していたことがあること、右保存登記当時、前記梅夫は亡松夫が営むメッキ加工業を手伝つていたが、年齢はまだ二一歳であり、もとより本件建物を建築する資力があつたなどとは到底認められないこと、相手方は抗告人から金銭を借り受けた際、抗告人に対し、相手方の居住している本件建物が父松夫の名義である旨を述べていること、以上のような事実が認められるから、これらの事実によれば、相手方は本件建物が亡松夫の遺産であり、自己もこれに対し相続権を有することを知つていたものと推認される。

もつとも、一件記録によれば、相手方は、本件免責申立後である平成二年一二月二二日、名古屋家庭裁判所に対して亡松夫の遺産について相続放棄の申述書を提出し、平成四年一月二八日同申述が受理されたことが認められるから、結局相手方は亡松夫の死亡の時期(昭和六三年一一月八日)に遡つて、本件建物に対する権利を取得しなかつたことになる。

したがつて、本件に関しては、結局、破産法三六六条の九第三号後段に該当する事由は認められないことに帰着する。

3  浪費又は賭博等の射倖行為のための破産宣告に至つたか否かについて(破産法三六六条の九第一号、三七五条一号)

本件手続において、相手方は、昭和五〇年頃その妻夏子が癌に罹患してその治療費が多くかかつたこと(そこで母子家庭には治療費について補助金が給付されることを聞き、昭和五〇年二月一四日に協議離婚の手続をしたとも述べる。)とか、また交通事故を起こし、その被害者に対する弁償金が多額であつたこととかのために、金融業者らから借金を重ねてゆき、ついに本件破産の申立をするのやむなきに至つた旨陳述する。しかし、夏子とは昭和四八年一〇月頃別居し、その後夏子が丁原秋夫と内縁関係となつて昭和五〇年六月二四日に同人との間の子を出産していることはすでに前記一に認定したとおりであり(右協議離婚はむしろ右のように出産する子が戸籍上相手方の子として記載されることを避けるためになされたものと推測される。)、また、一件記録によれば、相手方が交通事故を起こしたのは昭和五一年一月八日であつて、本件自己破産の申立時期よりも十有余年も前のことであることが認められるので、これらの諸状況に徴すると、相手方の右摘録に係る陳述内容はたやすく信用できないが、しかし、だからといつて、右陳述内容が虚構であると断定するに足りるような資料も十分ではない。

更に、相手方が昭和五二年以降競輪場に出入りするなどして賭事をし、またキャバレー等で遊興したことは前記一に認定したとおりであるが、しかし、本件資料を精査しても、その賭事や遊興の頻度とか、そのことによつて浪費した金額とかは明らかでないといわざるを得ないから、相手方が賭事や遊興のために金融業者から借金を重ね、ひいては本件破産宣告に至つたというようなことは、いまだこれを認めるに足りないものといわなければならない。

したがつて、本件に関しては、破産法三六六条の九第一号、三七五条一号に該当する事由はいまだ認められない。

4  以上のように、本件に関しては破産法三六六条の九第三号前段該当の免責不許可の事由のみが認められるところ、本件の資料に現れた前説示の諸事情に鑑みると、相手方に対してはその免責を不許可とするのが相当である。

第三  よつて、本件免責の申立を認容した原決定は失当であつて、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消した上、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 服部正明 裁判官 林 輝 裁判官 鈴木敏之)

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